ホーム > 聖地をたどる旅―熊野

聖地をたどる旅―熊野

いにしえの神々が住む、よみがえりの郷

聖地をたどる旅―熊野

日本古来の壮大なスピリチュアル・スポット、熊野の中でも、地元民のみ知るスペシャルな聖地で新しい自分に、よみがえる。

著者 原 水音
ジャンル スピリチュアル
実用(暮らし) > 旅行・ガイド
出版年月日 2012/09/12
ISBN 9784862042309
判型・ページ数 A5・144ページ
定価 本体1,600円+税
在庫 在庫あり
 

内容説明

「聖地をたどる旅 熊野」特設サイト

 

熊野に暮らす著者が教える、地元民しか知らない特別な熊野のスピリチュアル・スポットを集めました。古代から続く大いなる自然崇拝の心は、変わらず地元の人々の心に受け継がれています。世界遺産ブームに沸いた数年前から月日は流れ、今、この地を訪れる人々は、ある種の精神的支えを求め、混迷の世に生きる意味を自問自答し、見えない明日への希望を模索するような、内省的な旅をする人が増えてきているといいます。1000年以上前から人々が祈りを捧げてきた聖地、熊野の中でも、手垢に汚されていない聖なる場所を訪ねてこそ、自分を見つめ直す最高の旅になるのかもしれません。
政治的制圧、宗教弾圧、繰り返される自然災害……。熊野は、幾多の苦難に見舞われるたび、力強くよみがえってきた、よみがえりの郷です。
そんな力強いエネルギーがみなぎる大自然の聖地、熊野がもつスピリチュアルな魅力をまとめた、新しい熊野ガイドBookです。

【目次】

プロローグ「海、山、川がせめぎあう日本の原郷、熊野」

第一章 本宮町・新宮市・那智勝浦町エリア-神々を訪ねて、熊野三山へ-
 <エリアMAP>
 熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)
 ちちさま(乳子大師)
  *ヤタガラス文字の不思議なご神符
 引作の大楠(ひきづくりのおおぐす)
 貴弥谷神社(きねがたにじんじゃ)
 神内神社(こうのうちじんじゃ)
 熊野速玉神社(くまのたやたまじんじゃ)
 神倉神社(かみくらじんじゃ)
 飛鳥神社(あすかじんじゃ)
 補陀洛山寺(ふだらくさんじ)
 熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)
  *青岸渡寺と役の行者
  *熊野の女酋長・丹敷戸畔


第二章 熊野市・御浜町・紀宝町エリア-巨石と巨樹が誘う異界へ-
 <エリアMAP>
 花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)
 大馬神社(おおうまじんじゃ)
 まないたさま(天の真名井戸)
 大丹倉・丹倉神社(おおにぐら・にぐらじんじゃ)
 石神神社(いしがみじんじゃ)
 神木のイヌマキ(こうのぎのいぬまき)

<コラム> 熊野の歴史~合祀と熊楠~


第三章 十津川村・北山村エリア-黄泉の国の入り口、精霊が棲む奥熊野の森-
 <エリアMAP>
 玉置神社(たまきじんじゃ)
 骨置神社(こうずじんじゃ)
 瀞峡(どろきょう)
  *雛鶴姫伝説

<コラム> 熊野の石、木、水と交流する
    
第四章 熊野古道を歩く
 中辺路/発心門王子~本宮大社ルート
 中辺路・大日越/湯の峰~本宮大社ルート
 伊勢路/丸山千枚田~通り峠ルート
 伊勢路/松本峠~鬼ケ城ルート
 中辺路・大雲取越/那智山青岸渡寺~小口

<コラム> 熊野古道の歩き方
    
第五章 よみがえりの湯・熊野の温泉~熊野の湯がよみがえりの湯~
 本宮温泉郷
 南紀勝浦温泉郷    
 十津川温泉郷    
 山の温泉郷
 熊野川温泉郷
    
熊野の食~四季折々の美味~
うまいものスポット
熊野の祭り
交通&アクセス

 

 

【プロローグ】

海、山、川がせめぎあう、日本の原郷・熊野


(本文)
 熊野とは、和歌山県南部、三重県南部に奈良県最南端の十津川村南部域を含めた地域の総称で、日本最大の半島、紀伊半島の南端部に位置します。紀伊半島の中部以南は、そのほとんどを紀伊山地が占める山がちな地形であるため、熊野には海岸線以外に平らな土地がほとんどありません。どこまでも連なる山々、その山から湧き出る水は無数の川となって人々が暮らす谷間を走り抜け、一気に黒潮洗う熊野灘へと流れ出ていきます。
 森には数多くの野生動物が棲み、紀州備長炭の原料となるウバメガシや、椎、椿などさまざまな常緑照葉樹が多いのが特徴で、照葉樹のテカテカと光る葉が陽光を受けて鏡のように煌めくため、冬でも熊野の森は明るいのです。また熊野は、約二百種ものシダ類や苔類の宝庫でもあり、吉野にかけての山々には山桜の木も多く、杉の植林が進む以前は、桜色に染められた春の山を始め、季節ごとに色付く山肌を楽しめたといいます。
 また全国有数の多雨地域である熊野は、水のエネルギーが非常に強い場所。いまから120年以上前、明治22年の大水害では、熊野川の中州にあった熊野本宮大社の社殿がほとんど流されてしまうという被害を受け、新しいところでは平成23年の秋にも、紀伊半島を襲った豪雨水害によって熊野は甚大なる被害を受けました。
 水は生命の源であり命を育む母ですが、同時に、あらゆるものを押し流す激しい力を持っています。水による破壊と浄化の後、その水の恵みによって森や人々の暮らしが再生を果たす……。そうして、熊野は何度も甦ってきたのです。
 濃密で力強い熊野の自然は、豊かな水無くしてはありえません。だからこそ、古代から人々は水を神と崇め、川や滝、海に神の姿を観てきました。海と山と川とが生み出すダイナミックな自然と、それを崇拝し続けてきた聖地が放つ強烈な「スピリチュアル・パワー」、それは神話時代から続く興味深い歴史と、神仏への深い信仰が今も生きる場所だからこそ生まれるものだといえます。それゆえに熊野は、日本の原郷と呼ばれているのです。

古代から続く祈りの道、熊野古道とは

 熊野信仰の中心をなす熊野三山とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社のこと。これらはいずれも自然崇拝を起源とする古代の聖地でしたが、熊野信仰が盛んになるにつれ、三山が互いの祭神を祀り合って一体化を遂げました。
 その歴史的価値に対して、熊野三山を結ぶ参詣道である熊野古道は「紀伊山地の霊場と参詣道」として2004年、ユネスコの世界遺産に登録されました。さらにミシュランが発行する旅行ガイド「グリーンガイド・ジャポン」でも、熊野は最高評価の三つ星を獲得しています。
 修験道の開祖、役の行者が吉野と熊野を結ぶ大峯奥駈道を開くと、古代から自然崇拝の聖地だった熊野に、土着の自然信仰と仏教、山岳修験道が結びついて神仏習合の信仰が生まれました。熊野の神々は、仏や菩薩が神の姿として現れた熊野権現として信仰され、熊野権現の鎮座する熊野三山と、修験道の山岳霊場である吉野、大峯、高野山を結ぶ参詣道が生まれたのです。
 平安時代後期に阿弥陀信仰が盛んになると、熊野は自然崇拝の聖地から阿弥陀仏の住まう浄土とされ、都から歴代の上皇たちがこぞって熊野詣を行うようになりました。白河法皇、鳥羽上皇、後鳥羽上皇が度重なる熊野御幸を行い、花山法皇に至っては那智山の二の滝に庵を結び、山中で千日修行を行ったと伝えられています。
 大自然の放つ神秘なる生命力と、神仏を求める人々の魂からの真摯な祈りが重なった時、そこには天と地を貫くほどのエネルギーが生じます。それを人は神と呼び、仏と崇めてきました。その大いなる存在から放たれる声を求め、つまりは救いを求めて、上皇たちは熊野を目指したのです。
 室町時代以降は、貴族だけでなく武士や庶民にも熊野詣が爆発的に流行し、熊野古道を巡礼者や旅人が多く行きかう様は「蟻の熊野詣」と称されるようになります。熊野は、仏の道を信じる者も信じぬ者も、その身、その心の浄れたる者も、浄れなき者も、男も女も、万人が等しく救われる仏の浄土と慕われ、不治の病に侵された者も癒しと救いを求めて熊野を目指しました。
 また熊野は、女神イザナミが黄泉の国へ渡った地であることから、熊野の山中で、あの世にいる家族や友人に遭える場所と信じられてきました。山々が連なり深い森に抱かれた熊野は、根の国・黄泉の国の入口とされ、そのため熊野詣はあの世とこの世の狭間で神仏の光と出会える、生きながらにして心も身体も魂までもが甦る、「甦りの地」といわれてきたのです。

今も息づく熊野の巨岩信仰
 
 熊野には、秦の始皇帝の命を受けて縄文後期に渡来した徐福の伝説が残されていて、遺跡からも、縄文後期にはすでに大陸との交流があったことが伺えます。また、古代から黒潮海流によって世界と繋がっていた熊野は、ポリネシア方面からの南方系漁民が黒潮に乗って移り住んできた土地であったともいわれ、イザナミは先住民族の地母神だったのではないかとも考えられています。
 巨岩を祀った花の窟神社が「日本書紀」にも登場するなど、熊野は古代から巨岩崇拝の聖地でした。熊野には他にも巨岩を御神体とする神社がありますが、神道や仏教が広まった後に神社に名を変えてからも、人々の変わらぬ信仰を集めてきました。大自然の放つ強い生命力から生まれた熊野信仰のエッセンス。それは現代人のどこか観念的で頭でっかちなスピリチュアル観とは異なり、先祖代々、熊野の地にしっかりと根を張り、自然とひとつに繋がって生きてきた熊野の人だからこそ理解できるものなのかもしれません。
 自然はその恵みを惜しみなく与えてくれる慈母のような存在ですが、反面、情け容赦なく牙を剥いてすべてを奪う怖ろしい存在でもあります。だからこそ人々は、自然に神の姿を観て、ひたむきな祈りを捧げてきたのでしょう。

よみがえりの旅とは、自分が生まれ変わる旅

 熊野は交通が不便な上に、広いエリアに多くの神社や仏閣、古代の祭祀跡などが点在しています。熊野といえば熊野三山と熊野古道といったイメージが浮かびますが、この地に暮らして熊野の自然と歴史の奥深さを知ると、熊野だけが持つ強烈なスピリチュアル・パワーを感じることがあります。偶然、訪れたつもりの神社が、実は自分の魂の声に導かれて必然的にやってきた場所だったり、理由はわからないけれど、そこに立っただけで心が清々しくなる場所。それは、その地に祀られている神々や、土地そのものと自分との縁が大きく関係しているのではないでしょうか。大切なのは、ここに来られたことに、自分を呼び寄せてくれた神々に、そして大自然に、無心に感謝の祈りを捧げることだと思います。
 熊野とはいえ、「パワー・スポット」に行くだけで奇跡が起こり、神社で祈れば神様が願いを叶えてくれるのではありません。自分自身が変わることでしか、本当の意味での奇跡は起きないのです。何かを与えてもらうことばかりを考えるのではなく、豊かな水と強い太陽の光に育まれた森を縫うように続く熊野古道を汗に濡れながら自分の足で歩くこと。そして陽光きらめく熊野の海で波音に地球の鼓動を聞き、そのリズムに心をゆだねること。古代から人々が祈りを捧げてきた巨岩や滝に、畏敬の念を抱いて感謝を捧げることこそが、奇跡を呼び込む旅の始まりに違いありません。
 自然の中に自分が一歩踏み出すことで、いつしか魂までもが新鮮なエネルギーに満たされていくのを感じる、そんな自分自身が変わる旅「甦りの旅」を体験できる場所、それが熊野なのです。

【編集者より】
「熊野」という言葉には、どこか神秘的な響きがあります。漠然と熊野=聖地と心のどこかでイメージしているからかもしれません。熊野と一口に行っても、その範囲は広大で、さまざまな顔があります。今回はアクセスしやすくて、比較的歩きやすいエリアの中から、とっておきの熊野スピリチュアル・スポットを厳選しました。おそらく他の観光ガイド本には登場しないスポットがいくつも登場します。ぜひ、あなた自身の全身で、熊野のエネルギーを感じてみてください。

このページのトップへ

関連書籍

レイラインハンター

レイラインハンター

聖地を結ぶ直線に秘められた古代叡知を検証

著者:内田 一成
 
 

このページのトップへ